Fitzgeraldの日常

通訳案内士資格保有の貿易業の日常を書き綴っております。

往きて帰らぬ

 戦前の大女優、山口淑子が死去したとのニュースに驚いた。引退をされている身ではあるので、近況を耳にする事は無かったが、彼女の別名、李香蘭を見るたび戦前上海の、その「モダン」な雰囲気を想像してしまう。もちろん現存する写真でしか想像できないが、アジアの一大租借地である上海と戦後の波乱に巻き込まれた人物がまた一人その生涯を終えた事に、益々「戦後」という時期が歴史的な一記号になっていくのだと感じたのだ。

 このニュースを耳にした時、自分は仕事の関係で銀座にいた。資生堂パーラーで時間を潰している時、ひょんな事からティナターナー(Tina Turner)の歌を耳にする。実は、この私、彼女の大ファンなのだ。殆どのアルバムは持っている。その甲乙付けがたい名曲ばかりの中でも、特に私が好きなのは、"Private Dancer"である。その大好きな歌手の大好きな曲がたまたま聞いていたサーマルラジオから流れてきたので、思わず読書している手が止まり、聞き入ってしまった。


Tina Turner - Private Dancer - YouTube

 この"Private Dancer"という歌、なかなか日本語訳が難しい。私が英語を学んだイギリスでは、"Private Dancer"は「娼婦」と訳される。一方、ティナターナーの出身地であるアメリカではそのような意味はない。この"Private Dancer"という単語をどのように訳するかで、歌詞の内容と、ティナターナーの歌うイメージが大幅に振れるのである。

 間違いなく私は「娼婦」を歌った歌だと解釈する。時代はサッチャーが政権をとる以前の、イギリスが長期の不況にあえいでいた時代。もしくはサッチャー政権後の福祉制度を改悪した時代。職業難で、仕事が無い時代の、路上の「立ちんぼ」娼婦。私にはこの歌詞に出てくる娼婦がこの設定がぴったりとくる。

 私にはとりわけ「娼婦」が不幸なものだというイメージは全く無い。そうではなく石田衣良の小説『娼年』でも描かれているようなイメージである。そしてプロ意識を持って従事している人には敬服せざるを得ない。職業意識、それは人々の仕事に従事している充実感に繋がる。人に「認められる」という事は、人間の本質的な願望の一つである。しかしここで描かれている「娼婦」像には、その充実感は全く感じられない。そこで感じられるのは客に全く名前も覚えて貰えない「慰みもの」としての娼婦の姿だけなのである。

 最もこの歌が盛り上がる部分の歌詞を見てみよう

I'm your private dancer, a dancer for money

I'll do what you want me to do

Just a private dancer, a dancer for money

And any old music will do

 

Deutch marks or dollars,

 'American Express' will do, nicely, thank you

Let me loosen up your collar 

Tell me, do you wanna see me do the shimmy again?

(Fitzgerald的日本語訳)

私はあなたの娼婦

お金のために働くただの娼婦

あなたが望むなら、なんでもするわ

そう、ただの私はお金のために働いているだけのダンサーだもの

だから古い音楽で充分だわ

ドイツマルクでもドルでもいいし、

アメックスも使えるわ

上等よ、ありがとう

さあ、胸元をゆるめてあげるわ

ねぇ、あなたが望むなら、シミーをもう一度踊りましょうか

私はこの歌詞がもっている退廃的な世界観になぜだか非常に惹かれるのである。